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音楽ゲームをプレイして学んだこと

ゲーム

こちらははてなスタッフアドベントカレンダー2016 17日目の記事です。
advent.hatenablog.com

昨日は id:ayakoya さんの「ある日、地球から5人の子供が宇宙の果てにさらわれた」そして50年後……でした。

今年のテーマは「好きなもの」ということなので、今回は音楽ゲームについて書こうと思います。

自己紹介

私は現在社会人でそこまで音楽ゲームを頻繁にプレイしなくなりましたが、中学〜大学の間はよくプレイしていました。具体的にいうと「太鼓の達人」や「SOUND VOLTEX」をプレイしていました。その経験を元に他のことにも適応できることがいくつかあったので、今回はそれを紹介します。

コミュニティ

ゲームをプレイする際、コミュニティの存在はとても大きいです。私は太鼓の達人をプレイしていた頃色んな規模のコミュニティと触れ合いました。最初のうちは地元のダイエーのゲームセンターの小さなコミュニティからはじまり、次第にインターネットのコミュニティで交流することによって県外のプレイヤーとも交流し始めることになりました。一人で黙々プレイしていた頃はゲーマーとしての成長はほとんどなくて、あるレベルまで達すると「これはもうできないかな」「もう十分上手くなったかも?」などと思うようになりました。でも、コミュニティの他の人と交流したり、交流まではいかなくとも彼らのTwitterYouTubeをみることによって無理じゃないということがわかり、突破口がみえてきました。それにより自分もゲーマーとして上達することができました。

またリアルで一緒に他のプレイヤーとゲームをすることによって、直接刺激を受けるという経験もありました。どうしてもインターネット上でこういうすごいことをやったと言われても、なかなか現実世界のことだと認識しづらいものです。現実で自分の知り合いが全国レベルのプレイを目の前で繰り広げてくれると、彼に出来るのなら私にも…!となります。ゲームセンターで遊ぶゲームだとこういうのは大きいと思います。

またコミュニティはプレイヤー側だけではなく、ゲームを作る側にとっても大事だと感じました。太鼓の達人もSOUND VOLTEXもコミュニティの皆さんの要望に最大限応えれるよう、難易度調整などを繰り返されているのではないかと私は思います。

できないと思ったことはできない

先ほどの話と関連してますが、「できない」と思ったままだと、一生できないんだなということをゲームを通して実感しました。

具体的な例をあげると、私が地元のダイエー太鼓の達人をプレイしていた頃、せいぜい難しいコースの「さいたま2000」や、鬼コースの「夏祭り」辺りが人間の限界かなと勝手に自分の中で限界を決めつけていました。案の定それくらいのレベルでしばらく止まっていました。ただある日私は知らない方が鬼コースの「十露盤2000」を備え付けバチでクリアしているところを間近でみてしまいました。それを見た私は、あの曲が実は人類にもプレイ可能ということを知りました。その日を境に自分の実力はみるみる上達していき、最終的には「十露盤2000」はフルコンボできるところまで成長しました。

このように、挑戦してもいないのに「できない」という気持ちを持つというのは非常に勿体ないことです。私は今まで何度も音楽ゲームをやらない人の前で太鼓の達人の腕を披露してきましたが、その多くの人が「私にはリズム感がないから絶対無理だわ〜」と言います。「そっか〜」と言いつつも、内心勿体ないなぁと思ってしまっています。もちろん、人によってできるようになるまでにかかる期間は違いますが、あきらめずにやっていくと上達するものだと思います。

継続は力

ゲームセンターなどでみかける音楽ゲームがものすごくうまい人の恐らく全員がそのゲームをひたすら遊び尽くしていると思います。とにかく努力し続けることが大事な遊びです。たまに「私はこのゲームをN回しか遊んでいないが、もうこの段位までクリアできた」などと自慢する方はいますが、プレイ数は少なくとも例えば動画や譜面をみて研究していたり、自分のプレイの後にどこがいけなかったのか研究していたりします。すごい人は皆、そのゲームに対して多くの時間を注いでいると思います。

ゲームに限らず、何かにおいて上達したいと思う方はとにかく時間を費やすことも大事かと思っています。もちろん適当に時間を使い続ければ良いというわけではなくて、ちゃんと考えながらが大事ですが、一瞬ですごくなることはないです。

楽しいは大事

これは人それぞれですが、楽しいと思う気持ちもとても大事だと思います。まず一つは楽しければずっと継続してやるし、上達していきます。なので好きなものは自然と極めていくし、まったく苦にもならないのでストレスフリーで嬉しいです。

また、音楽ゲームは「ゲーム」なので、楽しまないとそれは本当にゲームなのか?ということになると思います。自分のためにも、コミュニティのためにもみんなが楽しくやっていけるようにしていきたいと思います。

ジェネラリスト・スペシャリスト

ここで言うジェネラリストやスペシャリストとは、幅広くやる人と何かに特化して集中的にやる人のことです。音楽ゲームでもこういう概念がいろんなレベルであると思います。

まずゲームレベルで言うと、複数の音楽ゲームを並行してプレイする「ジェネラリスト」と、一つの音楽ゲームを集中的にプレイする「スペシャリスト」がいます。データなどはなくて完全に私の経験や考えですが、初めて音楽ゲームをプレイする際、一つのゲームのスペシャリストを目指す方が後々効率的だと思っています。私がそうでした。元々太鼓の達人スペシャリストを目指していて、ある程度の実力がついてからSOUND VOLTEXも並行してプレイするようになりました。これの何が良いのかというと、ある特定のゲームのスペシャリストになるまでに踏んだプロセスを理解していると、他の音楽ゲームをプレイする際にも具体的な遊び方は違っても上達までの道のりがわかっているので、うまくなるまでがスムーズなのです。逆に複数のゲームを一から同時にプレイしていると、自分がそれぞれのゲームでスペシャリストになるビジョンがまだはっきりとしていない(また単純にお金と時間もかかる)ので、上達まで時間がかかり、どれも微妙な状態になりやすいかなと思います。

次に曲レベルで考えてみましょう。ある音楽ゲームで好きな曲や絶対にクリアしたい曲をひたすらプレイするとその曲のスペシャリストになることができます。ですがそのゲームのスペシャリストになるためにはある程度ジェネラリストである必要もあると思っています。太鼓の達人だと譜面のスピードが速い曲、スピードは遅いけど複雑な構成の譜面が流れる曲、連打が多い曲、などなど傾向が様々あります。SOUND VOLTEXでもツマミが多い曲、鍵盤が多い曲などとわかれています。こういう傾向を分析し理解し、自分の弱点を知って受け入れた上で、そういう傾向の曲も逃げずにプレイしていくことで全体的にスキルの底上げが望めると思います。

私の結論としては音楽ゲームに関しては、

  • 複数のゲームを並行してやらず、あるゲームをメインでプレイし、スペシャリストを目指す
  • そのあるゲームの中ではジェネラリストを目指す

というのが良いと思いました。人によって結論は違うと思います。

ですが、これは他の分野でもそうだと思っていて、どの程度ジェネラリストであるべきかなどのバランスを考えるのが大事だと思いました。

アイデンティティ

音楽ゲームをプレイするということが私のアイデンティティーの一つとなりました。学生の頃は自分はアイデンティティーが少なくて、足が微妙にはやいこと、背がそれなりに高いこと、勉強がまあまあできたことぐらいしかなかったです。またそれぞれ自分の学校内でのことで、なんらかの大会で成績を収めるレベルなどではないです。なので、知らない人にどういうことをやっているのかと聞かれても、学生をやっているとしか答えられなかったです。

音楽ゲームをある程度やってからは、自分が太鼓の達人のソライロバージョンで八段になったなどと言えるようになりました。これはとても嬉しいことで、リアルでもインターネット上でも「それなりの上手さ」として評価してもらえます。これは自分の学校内のような小さな規模ではなく、全国レベルで胸を張って言えることです(もちろん、全国にそれくらいのレベルのプレイヤーは沢山います)。

こういうアイデンティティーについて元々はあまり意識していなかったけれども、「こういうことやってる」「これくらいの実力」「こういうことが好き」などと言えるものがあると嬉しい・楽しいということがわかってきました。そういうのもあって最近は音楽ゲームだけでなく、積極的に色々なことをやってみるようにしています。

まとめ

今回は音楽ゲームを例に出してお話しましたが、どれも音楽ゲームやゲームに限らず色んな趣味でも当てはまるようなことだと思います。皆さんも自分の好きなことについて真面目に考えてみてブログなどにこうして書いてみるというのはいかがでしょうか。

さて、明日は id:sac2ndgig さんの「子供と一緒にするゲームの話」です。ゲーム続きですね!